2007年10月23日

・・・平将門のタタリ・・・

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今回『奇奇怪怪の都市伝説の世界』で紹介する都市伝説は、
日本の歴史上最もおそれられている平将門にまつわる都市伝説です。

平将門は関東地方を支配していました。しかし、当時は今のように政治・経済の中心ではなく辺境の地と呼ばれるにふさわしい地域でした。そのことに平将門は日頃から不満を募らせていて、あるとき自らを『新皇』(新しい天皇)と称して都と対立したのです。
やがて都から討伐軍が関東へやってきて、平将門は討ち取られてしまいました。しかし、平将門にまつわるおそろしい話はここから始まるのです。

討ち取られた平将門の首はさらされたわけですが、その目がまったく閉じることがなかったそうです。あるとき、町人が夜中に平将門の首が青白い炎をまとって飛んでいたといい始めました。その後、関東地方では水害などの天災により多大な被害が出たそうです。

「平将門のノロイに違いない」
そのウワサはあっという間に広まりました。そこで首塚を作り、丁重に祭ることにしました。日本では、タタリ神を祭ると守り神になるという信仰があったのでこのような対応をしたようです。

しかし、明治に入り、首塚のある場所に大蔵省を建設しようという計画が出てきました。そして、工事に取り掛かったのですが、原因不明の事故が相次いだそうです。

ただ、強力なタタリ神ほど祭れば強力な守り神なるという考えから、平将門をうまく利用した人物が歴史上います。それは徳川家康です。江戸時代に、平将門にまつわる神社が江戸にいくつか建てられたのですが、その神社の位置を線で結ぶと北斗七星の姿が出てきます。これは、平将門が北斗七星を信仰していたことから徳川家康があえてやったと伝えられています。
posted by トシデン at 13:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

・・・西郷隆盛は生きていた・・・

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今回『奇奇怪怪の都市伝説の世界』で紹介する都市伝説は、
明治維新の立役者で薩摩藩のリーダーだった西郷隆盛にまつわる都市伝説です。

西郷隆盛は明治に入り、時の政府の中でも非常に高い地位を得えていました。しかし、かつての武士が士族となり、その士族が次々に落ちぶれていく様に奮起して政府に反旗を翻したのです。そうして始まったのが、西南の役です。
維新後、おそらく唯一の国内紛争にあたると思います。その戦いの最中、西郷隆盛が命をおとしたというのが日本史の勉強では定説でした。

しかし、実は『西郷隆盛は生きていた』『生き延びてロシアへ亡命していた』『ロシアの皇太子が来日する際に西郷も帰国する』などといったウワサがしばらくして流れ始めたのです。

このウワサの始まりがどこからなのかはわかりませんが、当時の新聞も報道していました。しかし、ロシアの皇太子が来日した際に西郷隆盛が帰国することはありませんでしたが。
このような都市伝説は西郷隆盛以外にもあります。有名なのは、源義経ですね。庶民のヒーロー、そして若くして命をおとした人物には、どこからともなくこのような生存説が生まれてくるようです。
posted by トシデン at 11:16| Comment(1) | TrackBack(1) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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