2007年11月06日

・・・SNSの神隠し・・・

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今回『奇奇怪怪の都市伝説の世界』で紹介する都市伝説は、
インターネットやケータイでも人気のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)にまつわる都市伝説です。

SNSというインターネットサービスは、中には非招待制もありますが招待制の会員サイトが主なものですね。有名なのでは、mixiやモバゲータウンがあります。
SNS内では自分自身のページを持ち、そこに日記を書いたりして友達にコメントされたり、コミュニティに入ってイベントをしたりと遊び方は自由です。しかし、基本的にはリアルの世界の人間とつながっていることが多いので、ヴァーチャルの世界でありながら、あいかわらずの人間関係を維持しなければならないという難点もあります。

SNSの中で様々な友達とつながっていくわけですが、普通の人はだいだい20から50人ぐらいの友達とつながっています。しかし、稀にですが、100人とか200人の友達とつながっているヘビーユーザーがいます。
このヘビーユーザーは、数分おきにSNSに入ったり、自分が日記を書いたらコメントされるまで何度も確認したり、友達の日記が更新されればすぐにコメントをしたりするタイプが多いようです。

そんなヘビーユーザーが突如としてSNS内から消える、というウワサがありました。あまり利用していない人は突如止めることがありますが、ヘビーユーザーがいきなりアカウントを消すことは考えられません。そして、そのヘビーユーザーのリアルの友達が「そういえば、最近アイツと会ってないな」と言っていたとか。
SNS内で突如消えるはずのない人が消えると、それはリアルの世界にも影響して消えてしまう。そんな都市伝説が今流れているようです。
posted by トシデン at 09:01| Comment(1) | TrackBack(0) | インターネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

・・・飛行機のトイレ・・・

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今回『奇奇怪怪の都市伝説の世界』で紹介する都市伝説は、
たくさんの人を乗せて大空を飛ぶ飛行機にまつわる都市伝説です。

飛行機内にあるトイレ。新幹線でもそうですが、自宅や公共施設にあるトイレと違い非常に使いにくいですね。限られた空間も非常に狭く、そして、振動があるので落ち着ける時間がありません。

そんな飛行機のトイレには他にも特徴的な点があります。
それは流すときの吸引力です。経験がある人はわかると思いますが、飛行機のトイレで用を足して流すと、ありえないくらいの勢いで吸引されていきます。そのあまりの吸引力のせいで昔事件が起きたんだとか。

ある女性がトイレで用を足して洗浄のボタンを押したとき、その女性のお尻がちょうどトイレの便座をまんべんなく塞いでいたせいで、なんとあまりの吸引力に女性の内臓が飛び出たんだそうです。その事件以降、飛行機のトイレの便座の大きさなど様々な工夫がなされているそうです。
posted by トシデン at 13:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

・・・平将門のタタリ・・・

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今回『奇奇怪怪の都市伝説の世界』で紹介する都市伝説は、
日本の歴史上最もおそれられている平将門にまつわる都市伝説です。

平将門は関東地方を支配していました。しかし、当時は今のように政治・経済の中心ではなく辺境の地と呼ばれるにふさわしい地域でした。そのことに平将門は日頃から不満を募らせていて、あるとき自らを『新皇』(新しい天皇)と称して都と対立したのです。
やがて都から討伐軍が関東へやってきて、平将門は討ち取られてしまいました。しかし、平将門にまつわるおそろしい話はここから始まるのです。

討ち取られた平将門の首はさらされたわけですが、その目がまったく閉じることがなかったそうです。あるとき、町人が夜中に平将門の首が青白い炎をまとって飛んでいたといい始めました。その後、関東地方では水害などの天災により多大な被害が出たそうです。

「平将門のノロイに違いない」
そのウワサはあっという間に広まりました。そこで首塚を作り、丁重に祭ることにしました。日本では、タタリ神を祭ると守り神になるという信仰があったのでこのような対応をしたようです。

しかし、明治に入り、首塚のある場所に大蔵省を建設しようという計画が出てきました。そして、工事に取り掛かったのですが、原因不明の事故が相次いだそうです。

ただ、強力なタタリ神ほど祭れば強力な守り神なるという考えから、平将門をうまく利用した人物が歴史上います。それは徳川家康です。江戸時代に、平将門にまつわる神社が江戸にいくつか建てられたのですが、その神社の位置を線で結ぶと北斗七星の姿が出てきます。これは、平将門が北斗七星を信仰していたことから徳川家康があえてやったと伝えられています。
posted by トシデン at 13:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

・・・西郷隆盛は生きていた・・・

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今回『奇奇怪怪の都市伝説の世界』で紹介する都市伝説は、
明治維新の立役者で薩摩藩のリーダーだった西郷隆盛にまつわる都市伝説です。

西郷隆盛は明治に入り、時の政府の中でも非常に高い地位を得えていました。しかし、かつての武士が士族となり、その士族が次々に落ちぶれていく様に奮起して政府に反旗を翻したのです。そうして始まったのが、西南の役です。
維新後、おそらく唯一の国内紛争にあたると思います。その戦いの最中、西郷隆盛が命をおとしたというのが日本史の勉強では定説でした。

しかし、実は『西郷隆盛は生きていた』『生き延びてロシアへ亡命していた』『ロシアの皇太子が来日する際に西郷も帰国する』などといったウワサがしばらくして流れ始めたのです。

このウワサの始まりがどこからなのかはわかりませんが、当時の新聞も報道していました。しかし、ロシアの皇太子が来日した際に西郷隆盛が帰国することはありませんでしたが。
このような都市伝説は西郷隆盛以外にもあります。有名なのは、源義経ですね。庶民のヒーロー、そして若くして命をおとした人物には、どこからともなくこのような生存説が生まれてくるようです。
posted by トシデン at 11:16| Comment(1) | TrackBack(1) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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